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コラム

知財レポート

次世代太陽電池としての多接合太陽電池

目次
1.はじめに
2.多接合太陽電池
3.特許の出願状況
4.関連特許の紹介
5.さいごに

本レポートは執筆時の調査内容を元に掲載しておりますので、最新情報とは異なる可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

1.はじめに

 世界的に再生可能エネルギーの普及拡大が進められる中、太陽光発電の累積導入量は1テラワット(1,000GW)を越えており¹、世界では太陽光発電導入の勢いが増しています。二酸化炭素の排出量を削減するためには、今後さらに数テラワット規模の太陽電池を導入する必要があると考えられています²。数テラワット規模の太陽電池導入には、発電効率、信頼性、製造効率(コスト削減)の改善につながる技術の継続的な研究、およびこれらの技術要素の組合せが重要です。発電効率の改善に関しては米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)のBest Research-Cell Efficiency Chart(NRELチャート)³を目安にして、変換効率向上のための技術開発が各国で盛んに行われています(注:NRELチャートは1976年以降のほぼすべてのタイプの太陽電池の変換効率の推移が示されています)。現在主流である結晶シリコン太陽電池はまだ当面は電力用太陽電池の主力であると考えられますが、一方で、結晶シリコン太陽電池のセル変換効率は既に27%(面積:243.04cm2)を超えており⁴、単接合の結晶シリコン太陽電池の理論限界効率29%に近づきつつあります。したがって、今後の飛躍的な変換効率の向上は従来技術の延長線上にはなく、次世代型の太陽電池構造に関する技術開発が不可欠と考えられています。

2.多接合太陽電池

 単接合太陽電池の理論限界効率を超える変換効率を得るために、エネルギーバンドギャップの異なる太陽電池構造を重ね、デバイス全体として利用できる太陽光の波長域を拡大した多接合太陽電池の研究が進められています。

2024年4月時点でのNRELチャートに示されている主な多接合太陽電池の最高変換効率は表1の通りです。

太陽電池構造変換効率面積 (cm2)研究機関(国)報告年月
III-V族 4接合型
(集光型、665 SUN)
47.6 %0.0452FhG-ISE(独)2022月6月
III-V族 3接合型
(非集光型)
39.2 %0.242NREL(米)2021年10月
ペロブスカイト/Si33.9 %1Longi(中)2023年10月
ペロブスカイト/CIGS24.2 %1.045HZB(独)2020年2月
有機太陽電池14.2 %0.048ICCAS(中)2019年7月
【表1】各種多接合太陽電池の最高変換効率(NRELチャート³から抜粋)

 表1はセル変換効率が高い順に並んでおり、III-V族化合物半導体材料から構成された多接合太陽電池は、集光型で47.6%、非集光型でも39.2%と非常に高いセル変換効率が得られています。一方、GaAsを代表とするIII-V族化合物半導体材料を用いる太陽電池は製造コストが比較的高いことから、人工衛星や砂漠・乾燥地で用いられる集光型太陽光発電システムなど特殊用途での採用に限られています。また、有機太陽電池から構成された多接合太陽電池は現在のところ20%を超えるセル変換効率の報告もなされておらず、セル変換効率は他の多接合太陽電池に比べて劣っていますが、大面積印刷技術を利用できることによる低コスト化、および軽量、フレキシブル性の点においては次世代太陽電池として優位な面もあると考えられます。
 その点、近年脚光を浴びているペロブスカイト太陽電池は変換効率および低コスト化の面から次世代太陽電池として有望と考えられています。特にペロブスカイトを光吸収層に用いた多接合太陽電池はここ数年急激にセル変換効率が向上しており、光吸収層にペロブスカイトと結晶シリコンを組み合わせた多接合太陽電池ではセル変換効率33.9%が達成されています⁵。
一方、軽量で柔軟なペロブスカイト太陽電池の特長を損なわないよう、ペロブスカイト太陽電池と組み合わせる光吸収層としてCIGS薄膜や薄型シリコンを用いた多接合型太陽電池の研究開発も行われています⁶ ⁷

3.特許の出願状況

 ここではペロブスカイト光吸収層を備える多接合太陽電池に注目し、多接合太陽電池を特許文献の母集団として、特許請求の範囲および明細書中にペロブスカイトが記載されている特許を抽出し出願状況の分析を行いました。太陽電池関連の特許出願は特に近年は海外からの出願が多いと考えられますので、世界主要国/地域・機関の特許公報を一度に検索できる「Japio世界特許情報全文検索サービス(Japio-GPG/FX)」を用い、特許文献の抽出を行いました。特許文献の抽出は、多接合太陽電池に対応するFI、IPC、CPC、Fタームの分類から作った多接合太陽電池の母集団を表す検索式とペロブスカイト(太陽電池に関わらない)に対応する各分類およびキーワードから作成した検索式を掛け合わせた検索式を用いて行いました。したがって、抽出された特許文献には少なくともペロブスカイトを光吸収層に用いた多接合太陽電池およびその周辺技術に関する出願が含まれていると考えられます。
 これら抽出された特許文献(1156件)に対してファミリー文献の重複排除処理を行った基本特許(688件)に対して分析を行いました。まず、国ごとの出願件数は図1に示すとおりです。出願件数のトップは中国であり、全体の41%を占めています。詳細は省きますが、名寄せ処理を行うことによって出願人分析を行ったところ、中国出願の内の14%がロンジソーラー(中国語: 隆基绿能科技股份有限公司, 英語: LONGi Green Energy Technology Co. Ltd.)からの出願でした。また、後述するように、NRELチャートに掲載されている最高効率のペロブスカイト/結晶シリコン多接合太陽電池と同様の太陽電池構造が開示された出願も確認できました。

 日本の出願数(74件)は米国(136件)、韓国(84件)に次ぐ4位であり、出願人の上位は、東芝(26件)、カネカ(11件)、パナソニック(8件)の順でした。

【図1】国ごとの出願件数

 次に、横軸を出願年とした出願数の年次推移を図2に示します。ここで、特許出願は出願から1年6月経過しないと公開されないために出願年が2022年と2023年は調査時点(2024年4月)において未公開公報が含まれることに注意が必要です。図2から、多接合太陽電池に関する特許出願に関して明細書中にペロブスカイトが記載されている特許の出願数は2014年から徐々に増加していることがわかります。2020年には中国からの出願が急激に増えており、出願数全体のピークを示しています。今後もしばらくは中国からの出願がトレンドを決めると考えられます。

【図2】出願数の推移

 今回は光吸収層にペロブスカイトを有する多接合太陽電池に注目して特許文献の抽出を行い、一例として出願状況について示しましたが、多接合太陽電池に関して異なる観点(材料、構造、特性、周辺技術)に着目した分析や出願人分析、特定出願人の動向分析など目的に合わせた調査・分析を行うことができます。

4.関連特許紹介

 上記で抽出した特許文献の中からペロブスカイト光吸収層を備えた多接合太陽電池に関連する特許文献をいくつか紹介します。 はじめにNRELチャートで 33.9% のセル変換効率を示している光吸収層にペロブスカイトと結晶シリコンを組み合わせた多接合太陽電池と同様の構造が開示された特許です。

ボトムセルとして結晶シリコン太陽電池、トップセルとしてペロブスカイト太陽電池を用いた多接合太陽電池に関して、ボトムセル上に機能層(特に第2秩序化誘導層)を形成することによって、変換効率の向上を図っていることが開示されています。本特許はPCT出願されており、中国、日本、米国、欧州、豪州に国内移行しています。現時点において、中国では特許査定されており、その他の国/地域では審査が継続中です。
 日本での審査では当社調査員が先行技術調査を行い、2024年3月5日に拒絶理由通知書が発行されています。審査官による拒絶理由の内容は【明確性:特許法第36条第6項第2号】、および【サポート要件:特許法第36条第6項第1号】の規定要件を満たさないことが理由とされています。

 次に、軽量でフレキシブル性に優位なペロブスカイトと薄膜太陽電池を組み合わせた多接合太陽電池構造に関する特許を紹介します。

ボトムセルとして例えばCIGS薄膜太陽電池、トップセルとしてペロブスカイト太陽電池を用いた多接合太陽電池に関する開示です。光吸収層全体の厚さが2μm以下で非常に薄いことから、軽量で柔軟な太陽電池であり、航空宇宙、ポータブル電源、建築用統合太陽光発電等の用途に有用であることが記載されています。本特許は米国にのみ出願されています。審査過程の中でボトムセルの種類をCIS系太陽電池に限定するクレーム補正を行っていますが、現在も審査は継続しています。

 最後に、多接合太陽電池の周辺技術の1つとして異なる太陽電池構造同士を接合する技術に関する特許を紹介します。

異なる種類の太陽電池セルの間に接合層を設けることにより、複数の太陽電池セルを積層する技術(スマートスタック技術)が開示されています。接合層は規則的に配置させた複数の導電性ナノ粒子と、導電性ナノ粒子の間を充填する接着剤とから構成されており、接合層を用いることによって、目的と用途に適した種々の太陽電池セル(シリコン系、化合物半導体系、ペロブスカイト系、有機半導体系)を組み合わせて多接合太陽電池を製造することができることを示唆しています。本特許はPCT出願しており、日本、中国、米国に国内移行しています。現時点において、日本では既に特許査定されており、米国と中国では審査が継続中です。

 米国出願については日本と同様のクレーム補正がなされており、今後特許査定されるのではないかと考えられます。一方、中国出願の審査では独自の先行技術文献を引用した拒絶理由通知を行っており、しばらく審査が継続すると考えられます。

5.さいごに

 AIRIは特許庁登録調査機関として、特許庁からの発注を受け、特許審査の際に必要な先行技術調査を行っている企業です。
 年間20,000件超の先行技術調査を受託しており、調査対象となる出願は広範な技術分野にわたります。AIRIに所属する調査員は日々の調査業務において担当技術分野の技術トレンドに常に接しており、先行技術調査結果に基づいた特許性(新規性・進歩性)の判断や、日本特許庁以外の各国特許庁での審査経緯の分析も得意としております。
 各種特許調査をはじめ、特許に関するご相談はお気軽にAIRIにお問い合わせください。

執筆者プロフィール
古江 重紀
執行役員 社長室経営企画グループ
国立研究開発法人産業技術総合研究所にて化合物半導体をベースとした光デバイスの研究開発に従事。
2013年4月にAIRIに入社し、光デバイス、光を用いた計測や診断、医療機器等の幅広い技術分野の特許調査を担当。
2023年より現職。神戸大学大学院博士後期課程修了(理学博士)。

注意事項
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参考文献
1. https://iea-pvps.org/wp-content/uploads/2023/10/PVPS_Trends_Report_2023_WEB.pdf
2. https://doi.org/10.1016/j.device.2023.100013
3. https://www.nrel.gov/pv/cell-efficiency.html
4. https://www.longi.com/jp/news/heterojunction-back-contact-battery/
5. https://www.longi.com/jp/news/pero-339/
6. https://www.nedo.go.jp/content/100920595.pdf
7. https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2310/04/news029.html

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