身近な製品と特許① レモンRTD
私たちの身近な製品とそれにまつわる特許を紹介するシリーズです。1回目はレモンRTDを取り上げます。
1.レモンRTD
RTDとは「Ready to drink」の略称で、缶を開けてすぐ飲むことのできるアルコール飲料のことを指します。チューハイ、カクテル、ハイボールのように、アルコール度数の高い酒をあらかじめ果汁や炭酸水などで割ったものです。
RTD市場は2007年から14年連続で市場規模が拡大し、2021年には過去最大数量(2憶7451万ケース)を記録しました。翌2022年も前年比99%水準で推移しています。
RTDの代表格といえば、レモン風味(=レモンRTD)です。2021年のRTD市場全体のうちレモンRTDは52.7%を占め、2022年の消費者リサーチでレモンRTDは好きなフレーバーの1位に選ばれています。
(出典:サントリーRTDレポート2022年、2023年)
2.オフフレーバー問題
活況を呈しているレモンRTDですが、RTD飲料であるがゆえの技術課題があります。それは、レモン風味が製造工程中や保管中に劣化して、オフフレーバー(異臭)を生成するようになってしまうという課題です。レモンジュースの風味が劣化しやすいことは飲料業界において古くから知られていましたが、レモンRTD(アルコール飲料)も例外ではありません。
レモンの風味は、果肉に含まれるクエン酸の酸っぱさと、果皮に含まれる香気成分に由来します。香気成分は数十の化合物から構成されますが、レモンらしい風味を与える代表的な化合物にシトラールがあります。シトラールはtrans型(E型)のゲラニアールとcis体(Z型)のネラールの混合物に対する名称で、ゲラニアールの方がより強いレモン香を放ちます。このレモン風味に重要なシトラールこそが、製造~流通~保管過程で分解されオフフレーバー(異臭)を生成する原因化合物であると特定されています。
【図1】 シトラールの化学構造
シトラールの化学構造を図1に示します。シトラールは、α, β-不飽和アルデヒド結合と炭素-炭素二重結合を有します。これら官能基を反応点とした分子内環化反応、さらに酸化反応を経てオフフレーバーの原因の芳香族化合物へと変換されてしまいます(【図2】)。
【図2】酸の存在下におけるネラールの推定分解機構
(Journal of Food and Drug Analysis (2015) vol. 23, issue 2, pp. 176-190 を参考に執筆者作成)
シトラール分解の始まりとなる分子内環化反応は、図2に示すように酸の存在下(=低pH)で促進されます。つまり、レモンを皮ごと絞ったレモンジュース中に含まれるシトラール(果皮由来)はクエン酸(果肉由来)の影響をうけ分解が促進されてしまうのです。
(出典:日本食品工業学会誌(1968年)第15巻、第7号、p.285-289)
約20年前、アサヒビールの研究者はこの機構に着目し、pH上昇剤にクエン酸カリウムを採用すると塩味を伴わないでシトラールの分解が抑制できることを発見しました(特願2005-227900)。当該特許出願については新規性を有さないとして拒絶査定され、特許権利化には至りませんでした。
3.レモンRTD関連の特許
レモンRTDに関連する特許出願について、簡易的に調査を実施しました。
【調査方法】
J-PlatPat「特許・実用新案検索」の「論理式入力」画面から行います。
文献種別は「国内文献」のみにチェックを入れます。検索オプションは特に指定しません。
以下の検索論理式を入力しました。
C12G3/00*(レモン+れもん+檸檬+柑橘+かんきつ+カンキツ)/CL
ヒット件数は305件*でした。
(*2024年6月中旬。レモンRTDと必ずしも関連しないものも含まれますが除外していません。)
上記検索式でのヒット文献件数の年別推移と出願人の内訳を【図3】に示します。昨今のRTD市場の拡大に沿って、レモンRTD関連と考えられる特許出願件数が増加傾向であること(【図3左】)、国内飲料大手4社で7割近くの出願件数を占めていること(【図3右】)がわかります。
【図3】レモンRTDに関する特許出願の動向
ヒット文献の中から、シトラール分解によるレモンRTD風味劣化を課題とした特許発明を大手4社から1件ずつピックアップしました。
(企業名あいうえお順)
特許第7341636号(特許権者:アサヒビール株式会社)
【特許請求の範囲】 【請求項1】 レモン果汁を含み、レモン果汁の果汁含有率が10%以上25%以下であり、アルコールをさらに含有する飲料であって、 リモネンとノナナールを含有し、 リモネンの含有量(x,ppm)とノナナールの含有量(y,ppm)について以下の関係を満足する飲料。 a)x≧8 b)y≧0.05 c)y≧0.0025x−0.0025 d)y≦0.02x−0.02 【請求項2】 アルコールの含有量が1〜10容積%である請求項1に記載の飲料。 【請求項3】 炭酸ガスをさらに含有する請求項1または2に記載の飲料。 【請求項4】 レモン果汁を含み、レモン果汁の果汁含有率が10%以上25%以下であり、アルコールをさらに含有する飲料において、リモネンの含有量(x,ppm)とノナナールの含有量(y,ppm)について以下の関係を満足するようにリモネンとノナナールを含有させることを含む、オフフレーバーのマスキング方法。 a)x≧8 b)y≧0.05 c)y≧0.0025x−0.0025 d)y≦0.02x−0.02 |
レモンRTDにおいてリモネンまたはノナナールを添加し、これらの配合比率が所定の関係を満足するように飲料を構成することで、オフフレーバー(果汁由来の成分が変化して生じる異風味)を抑制することができるという趣旨の発明です。
実施例では、濃縮レモン果汁等を含むベース液(リモネン極微量、その他下記化合物検出限界以下)に対しシトラール、リモネン、オクタナール、ノナナールの量を変化させながら追加配合した飲料の官能試験を行い、リモネンとノナナールが適度なバランスで配合されていると、酸味様の刺激感、樹脂的な香りを感じずに、オフフレーバーが抑制され飲みやすい飲料となることを見出しています。
特許第6996907号(特許権者:キリンホールディングス株式会社)
【特許請求の範囲】 【請求項1】 チモールを15ppb以上の濃度で含んでなり、アルコール濃度が5v/v%以下のアルコール飲料である、レモン風味飲料(ユズ、チモールを含有するハーブまたはチモールを含有するスパイスを、チモール以外の香気成分を除去する処理を施すことなくそのまま材料とする飲料、ユズを材料とする飲料、ならびにテキーラを含有する飲料を除く)。 【請求項2】 レモン果汁を含有する、請求項1に記載の柑橘風味飲料。 【請求項3】 容器詰め飲料である、請求項1または2に記載の柑橘風味飲料。 【請求項4】 アルコール濃度が5v/v%以下のアルコール飲料であるレモン風味飲料(ユズ、チモールを含有するハーブまたはチモールを含有するスパイスを、チモール以外の香気成分を除去する処理を施すことなくそのまま材料とする飲料、ユズを材料とする飲料、ならびにテキーラを含有する飲料を除く)を製造する方法であって、飲料中のチモールの濃度を15ppb以上に調整することを含んでなる、方法。 【請求項5】 アルコール濃度が5v/v%以下のアルコール飲料であるレモン風味飲料(ユズ、チモールを含有するハーブまたはチモールを含有するスパイスを、チモール以外の香気成分を除去する処理を施すことなくそのまま材料とする飲料、ユズを材料とする飲料、ならびにテキーラを含有する飲料を除く)における柑橘の劣化臭をマスキングする方法であって、飲料中のチモールの濃度を15ppb以上に調整することを含んでなる、方法。 【請求項6】 アルコール濃度が5v/v%以下のアルコール飲料であるレモン風味飲料(ユズ、チモールを含有するハーブまたはチモールを含有するスパイスを、チモール以外の香気成分を除去する処理を施すことなくそのまま材料とする飲料、ユズを材料とする飲料、ならびにテキーラを含有する飲料を除く)における柑橘の劣化臭をマスキングするためのマスキング剤であって、チモールを含んでなり、飲料中のチモールの濃度を15ppb以上に調整するための、マスキング剤。 |
レモンRTDに所定濃度のチモールを含有させることにより、柑橘の劣化臭(シトラールが酸化されて生じる異臭物質)をマスキングするという趣旨の発明です。
実施例では、異臭物質としてのp-クレゾールを含み、0〜20%のアルコール濃度の飲料サンプルに対し様々な濃度のチモールを添加した試験を行い、チモールには劣化臭のマスキング効果があることを示しています。さらに、容器詰めレモンRTD飲料サンプルにチモールを30ppb添加すると、強制劣化試験(50℃で4日)における劣化臭マスキングに効果があったことを示しています。
特許第7324590号(特許権者:サッポロビール株式会社)
【特許請求の範囲】 【請求項1】 pHが3.40以上であるレモン風味飲料であって、 シトラールの含有量をXmg/kgとし、リモネンの含有量をYmg/kgとし、ノナナールの含有量をZmg/kgとした場合に、Xが20~120であり、Y/Xが0.03~0.70であり、Z/Xが0.003~0.070であるレモン風味飲料。 【請求項2】 リモネンの含有量が2~35mg/kgである請求項1に記載のレモン風味飲料。 【請求項3】 ノナナールの含有量が0.15~4mg/kgである請求項1又は請求項2に記載のレモン風味飲料。 【請求項4】 アルコール度数が1~12%である請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のレモン風味飲料。 【請求項5】 pHが3.40以上であるレモン風味飲料の後味をよくするとともに味を鮮明にする風味向上方法であって、 前記レモン風味飲料のシトラールの含有量をXmg/kgとし、リモネンの含有量をYmg/kgとし、ノナナールの含有量をZmg/kgとした場合に、Xを20~120とし、Y/Xを0.03~0.70とし、Z/Xを0.003~0.070とする風味向上方法。 |
pHが3.40以上のレモンRTDにおいて、シトラール、リモネン、ノナナールを特定の含有量(バランス)で配合することにより、後味が良く、味が鮮明なレモンRTDとすることができる趣旨の発明です。
実施例では、濃縮レモン果汁等を含むベースサンプル(シトラール、リモネン、ノナナールの含有量は極微量)に対しシトラール、リモネン、ノナナールの量を変化させながら追加配合し、後味と味の鮮明さが良好となる配合バランスを見出しています。
なお2023年10月に本特許権に対して第三者から特許異議の申立てがなされていましたが、2024年5月2日に特許権を維持する(特許意義の申し立ては認められない)旨の審決がなされました。
特許第7054352号(特許権者:サントリーホールディングス株式会社)
【特許請求の範囲】 【請求項1】 レモン風味の容器詰め濃縮アルコール飲料であって、 シトラールの含有量が4.8ppm以下であり、 甘味度がショ糖換算(w/v%)で1.0〜7.0であり、糖酸比が0.60〜4.70であり、および、 アルコール含有量が10〜40v/v%である、 前記容器詰め濃縮アルコール飲料。 【請求項2】 シトラールの含有量が4.0ppm以下である、請求項1に記載の容器詰め濃縮アルコール飲料。 【請求項3】 甘味度がショ糖換算(w/v%)で1.5〜6.0である、請求項1または2のいずれか一項に記載の容器詰め濃縮アルコール飲料。 【請求項4】 甘味料が、アセスルファムカリウム、スクラロース、アスパルテームおよび果糖ブドウ糖液糖、砂糖からなる群から選択される一以上のものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の容器詰め濃縮アルコール飲料。 【請求項5】 糖酸比が0.90〜4.20である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の容器詰め濃縮アルコール飲料。 【請求項6】 アルコール含有量が15〜35v/v%である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の容器詰め濃縮アルコール飲料。 【請求項7】 水を添加して飲用される、請求項1〜6のいずれか一項に記載の容器詰め濃縮アルコール飲料。 【請求項8】 容器詰め濃縮アルコール飲料の製造方法であって、 (a)飲料中のシトラールの含有量が4.8ppm以下となるように、調整する工程、 (b)飲料中の甘味料由来の甘味度がショ糖換算(w/v%)で1.0〜7.0となるように、甘味料を添加する工程、 (c)飲料中の糖酸比が0.60〜4.70となるように、甘味料および酸味料で調整する工程、 (d)飲料中のアルコール含有量を10〜40v/v%に調整する工程、および、 (e)容器詰めする工程、 を含み、 ここで、前記工程(a)〜(d)は、いずれの順序で行ってもよい、 前記製造方法。 |
本件は、店舗や自宅などでレモンRTDを手軽に作成するためのレモン風味濃縮アルコール飲料に関します(レモンRTDそのものに関する特許ではありません)。
発明のポイントは、シトラールの含有量を低い範囲に抑えつつも、飲料の甘味度・糖酸比・アルコール含有量を特定の範囲内に調整することによって、シトラール含有量が少なくてもレモンらしい風味を強く感じられる飲料とできるという点です。
4.国内飲料大手4社のRTD売上高及び製品
各メーカーの決算説明資料(非上場のサントリーを除く)から国内RTDセグメントの売上高を抽出しました。 また、各メーカーのHPから各社のレモンRTD商品をリストアップしました(一部、地域限定発売品を含む)。
アサヒビール
RTD売上高(2023年度;国内):368億円
レモンRTD商品:「贅沢搾り レモン」「ザ・レモンクラフト」「GINON レモン」「未来のレモンサワー」「樽ハイ倶楽部レモンサワー」「ハイリキ・レモン」など
(出典:決算説明会資料、会社HP)
キリンビール
RTD売上高(2023年度;国内):424億円
レモンRTD商品:「氷結 シチリア産レモン」等の氷結シリーズ、「本搾り レモン」等の本搾りシリーズ、「麒麟特製 レモンサワー」等の麒麟特選シリーズ、「麒麟百年 極み仕立て レモンサワー」など
(出典:決算説明会資料、会社HP)
サッポロビール
RTD売上高(2023年度;国内):267億円
レモンRTD商品:「濃いめのレモンサワー」「ニッポンのシン・レモンサワー」「レモン・ザ・リッチ」など
(出典:決算説明会資料、会社HP)
サントリー
RTD売上高:非公表
レモンRTD商品:「こだわり酒場のレモンサワー」等のこだわり酒場シリーズ、「-196無糖 ダブルレモン」等の-196シリーズ、など
(出典:会社HP)
5.さいごに
身近な製品と特許というテーマで、今回はレモンRTDを取り上げました。企業努力によってレモンRTDの風味は年々、進歩・向上を続けていますが、その持続的イノベーションの背景には数多くの特許発明が存在することがご理解いただけたのではないかと思います。
さてAIRIは、特許庁登録調査機関として特許審査における先行技術調査を特許庁から受託している企業の一つで、年間2万件を超える先行技術調査を行っています。食品・飲料の分野でも数多くの先行技術調査を実施しており、法定研修に合格した調査員が常に最新の発明トレンドや特許審査に接し続けています。各種特許調査、特許に関するご相談はお気軽にAIRIにお問い合わせください。
執筆者プロフィール
村井 孝弘
執行役員 社長室経営企画グループリーダー
1975年大阪府生まれ。
大手製薬メーカーを経て、2015年AIRIに入社。化学応用、医薬、医療機器など幅広い分野の特許調査や知財コンサルティングに従事。現在は社長室で経営施策の企画・遂行を担当。
1997年 京都大学農学部卒、1999年 同修士卒。2008年 農学博士(論博)取得後、~2010年米国留学。
趣味は水泳と野球観戦。
注意事項
◆株式会社AIRI(以下、当社)は本レポートを通じ有用な情報を利用者の方々にお届けするため万全を期していますが、情報の正確性、完全性、最新性などについて、いかなる保証もいたしません。また当社は本レポートを利用することにより生じたいかなる損害やトラブル等について一切の責任を負いません。本レポートは法的なアドバイスを提供することを意図しておりません。特許法等に関するご判断は弁理士等にご確認の上、行われるようお願いいたします。
◆本レポートの著作権は当社が保有します。転載・引用の際は出典を明記ください 。(例「出典:株式会社AIRI 知財レポート 〇〇〇〇年□月◇日記事」)その際、内容の改変を行うことはお断りします。