mRNAワクチン ~新兵器!感染症と癌に立ち向かえ!~

目次 1.mRNAワクチンの基本概念 2.mRNAワクチンの歴史 3.mRNAワクチンの基本特許 4.Moderna社とBioNTech/Pfizer社との間の特許係争 5.新型コロナに対するmRNAワクチン 6.がんに対するmRNAワクチン 7.他の感染症に対するmRNAワクチン |
1.mRNAワクチンの基本概念
mRNAワクチンとは、遺伝情報であるメッセンジャーRNA(mRNA)を使用して免疫反応を起こすワクチンです。このmRNAには、病原体やがん細胞に由来する抗原タンパク質の情報が含まれています。mRNAは脂質ナノ粒子に包まれている状態で注射され、抗原提示細胞に取り込まれます。細胞内でmRNAの情報が読み取られて抗原タンパク質が合成され、抗原提示細胞の表面に提示されて、免疫が誘導されます。
2.mRNAワクチンの歴史
mRNAワクチンの開発には、30年以上にわたって多数の研究者が関わっています。1987年にMaloneがmRNAを脂肪滴と混ぜて細胞に取り込ませ、タンパク質を合成させる実験を行いました。その後、Karikóらは実験でプロトコールを改良し、治療に使える程度の高分子量のタンパク質を細胞に合成させることに成功しました。しかし、合成したmRNAを実験動物に取り込ませると重い炎症反応が起きてしまうことが課題でした。身体の免疫システムが合成mRNA自体を病原体由来のものだと認識してしまうことが原因でした。しかし、メチル化修飾したRNAは免疫システムを活性化しないことを、2005年2月に石井らが発表しました[J Immunol (2005)]。同年8月には、KarikóとWeissmanらは各種修飾RNAを用いてシュードウリジンが特に効果的に免疫システム活性化を回避することを発表しました[Immunity (2005)]。その後、Rossiらが修飾RNAを用いてiPS細胞を樹立したことを発表し、修飾RNAの大きな可能性が広く知られることとなりました。
なお、Rossiらの設立したModerna社の社名は修飾RNA(modified RNA)に由来すると言われています。そして、KarikóとWeissmanは上記発見を含むmRNAワクチンの開発への貢献が評価され、2023年にノーベル生理学・医学賞を受賞することになります。
一方、石井らも新型コロナ発生前から新興感染症に対するmRNAワクチンの開発に取り組んでいたのですが、臨床試験に要する予算を打ち切られ、2018年にワクチン開発プロジェクトは凍結されてしまいます[東京大学新聞 (2021)]。

3.mRNAワクチンの基本特許
mRNAワクチンに関する基本的な特許は、シュードウリジン残基を含むmRNAを用いて哺乳類動物細胞に所望のタンパク質を産生させる方法に関するKarikóとWeissmanを発明者とする特許となります(US8278036B)。本特許は2027年5月まで有効です。当初の特許権者は発明者の所属機関であるペンシルバニア大学でしたが、その後mRNA RiboTherapeutics社が独占権を獲得し、サブライセンスを受けた同社の関連会社CellScript社がModerna社及びBioNTech社にさらにサブライセンスしたことが米国証券取引委員会に提出された書類をもとに推定されています[Nature Biotechnology(2021)]。発明者であるKarikóはBioNTech社に在籍しているのですが、BioNTech社は基本特許の独占権者ではなく、ライセンスを受けた実施権者に過ぎないようです。
4.Moderna社とBioNTech/Pfizer社との間の特許係争
2022年8月にModerna社は、BioNTech社及びPfizer社が製造販売する新型コロナmRNAワクチンがModerna社の特許権を侵害するものとして訴訟を起こしました。Moderna社が米国マサチューセッツ州地方裁判所に提出した訴状によれば[CourtListener]、根拠となる特許は3件あり、そのうちの1件はmRNAのシュードウリジン残基による修飾を、1-メチルシュードウリジン残基に限定した特許です(US10898574B)。日本の厚生労働省の資料によれば、Pfizer社の新型コロナmRNAワクチンは1-メチルシュードウリジン残基を用いており、上記特許の権利範囲内である蓋然性が高いです。しかし、上記特許出願前に公知である基本特許US8278036Bの実施例ではシュードウリジン残基として1-メチルシュードウリジン残基を使って免疫原性及びタンパク質製造効率を試験したとの記載があります。したがって、BioNTech社及びPfizer社にとって、少なくとも上記特許には新規性違反の無効理由が存在するとの抗弁が有力な手段ではないかと思われます。
5.新型コロナに対するmRNAワクチン
mRNAワクチンは新型コロナ感染症に対するものとして広く知られています。新型コロナに対するmRNAワクチンの代表例としては、BioNTech社及びPfizer社によるBNT162b2[NEJM(2020)]と、Moderna社によるmRNA-1273[NEJM (2020)]と、Arcturus社によるARCT-154[Nature Communications (2024)]等が挙げられ、高い重症化抑制効果が認められております。
ARCT-154はいわゆるレプリコンワクチンで、自己増幅するRNAを用いたものです。接種するRNA量が少なくて済むのでコスト低減効果があります。また、中和抗体産生期間が伸びる効果も確認されています。しかし一方で、自己抗体性の副作用のリスクが高まる可能性も指摘されております。レプリコンワクチンのベネフィットが従来型を上回るかどうかは、今後の規模のより大きな臨床試験によって明らかにされるでしょう。
6.がんに対するmRNAワクチン
mRNAワクチンはがんワクチンとしても以前から開発されております。 パイオニア的な成果としては、悪性黒色腫患者に対する個別化がんワクチンが、2017年にSahinらにより発表されています[Nature (2020)]。具体的には、各患者のがん特有の変異を有するタンパク質の変異部分をコードするmRNAを複数投与するものであり、一部の患者で奏功しました。
同様の個別化がんワクチンのうち代表的なものとしては、Moderna社のmRNA-4157[Lancet (2024)]、Genentech社のRO7198457が挙げられ、これらのワクチンを含む多数のワクチンの臨床試験が進められております(2025年1月現在)。
以上のように個別化がんワクチンは有力な選択肢ですが、各患者のがん特有の変異を同定してからワクチンを製造するため、時間とコストの問題があると言えます。
そこで、特定のがんに良く見られる特有の抗原に固定したmRNAワクチンの開発も進められております。このようなワクチンのうち代表的なものとしては、BioNTech社のBNT111[Nature (2020)]が挙げられます。

7.他の感染症に対するmRNAワクチン
新型コロナ以外の感染症を対象としたmRNAワクチンとしては、インフルエンザウイルス、RSウイルス、サイトメガロウイルス、ノロウイルスに対するワクチンが挙げられます。
インフルエンザウイルスに対するmRNAワクチンとしては、モデルナ社のmRNA-1010[Nature Communications (2023) ]及びPfizer/BioNTech社のBNT161が挙げられます。2025年1月現在、これらのワクチンは第Ⅲ相試験の段階にあると推定されます。
RSウイルスに対するmRNAワクチンとしては、モデルナ社のmRNA-1345が挙げられます[NEJM (2023) ]。mRNA-1345は2024年に米国及び欧州で承認を受けております。
サイトメガロウイルスに対するmRNAワクチンとしては、モデルナ社のmRNA-1647が挙げられます[J Infect Dis (2024) ]。2025年1月現在、mRNA-1647は第Ⅲ相試験の段階にあると推定されます。
ノロウイルスに対するmRNAワクチンとしては、モデルナ社のmRNA-1403が挙げられ、やはり第Ⅲ相試験の段階にあると推定されます。
執筆者プロフィール中西 四郎
特許調査事業部(有機・生命化学領域)
大学等でライフサイエンス分野の研究に従事し、特許事務所で弁理士として勤務した後、2015年AIRIに入社。ライフサイエンス分野の特許調査が中心ですが、医薬分野、食品分野、有機化学分野、環境化学分野のような他分野の特許調査も経験豊富です。1996年京都大学理学部卒業、2001年京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了後、2001-2003年ハーバード大学医学部及びブリガムアンドウィメンズ病院、2003-2008年大阪大学微生物病研究所、2008-2015年日本国内の特許事務所に勤務。2011年に弁理士試験に最終合格。趣味は最新の面白い論文を読むことです。
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