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身近な製品と特許② ゴルフボール

私たちの身近な製品とそれにまつわる特許を紹介するシリーズです。
2回目はゴルフボールを取り上げます。ゴルフボールは単なる小さな白い球ではありません。
それは技術の結晶であり、ゴルファーのパフォーマンスを左右する重要な要素です。

目次
1. はじめに
2. ゴルフボールの構造
3. 特許の出願状況
4. 特許の紹介
5. さいごに

1.はじめに

ゴルフは歴史とともに進化を続けるスポーツであり、このスポーツの根幹をなす要素の一つがゴルフボールです。
その歴史は古く、初期のゴルフボールは木製でしたが、現代では主に合成樹脂やゴムなどの材料が使用されています。ゴルフボールの性能は、飛距離、スピン、耐久性など多岐にわたり、プレイヤーのスタイルや技術レベルに合わせて選ばれます。
また、ゴルフボール市場は、多様なプレイヤーのニーズに応えるため、常に変化し続けています。
インターネット上の情報によれば、世界のゴルフボール市場規模は、現在約13億ドル(約1,885億円、1ドル145円で計算)であり、2028年までには15億1,000万ドル(約2,190億円)に拡大すると予測されています。この市場の成長は、ゴルフ人口の増加や新たなゴルフボール技術の開発によるものと考えられます。

2.ゴルフボールの構造

現在のゴルフボールは高分子化合物で作られたソリッドボールが主流です。
ソリッドボールは1902年にコアとカバーからなる2ピースボールが開発されていますが、当時主流だった糸巻きボールと置き換えられるまでには数十年かかり、本格的に使用され始めたのは1980年代になってからです*1 *2

それから現在に至るまで飛距離性能やスピン性能、フィーリングなどの追求の結果、3ピースやそれ以上のマルチレイヤー構造を有するソリッドボールの開発が行われています。
現在の主流の1つである3ピースボールはコアと中間層およびカバーから構成されており、ボール表面には耐久性向上のためのコーティングとゴルフボールの特徴でもあるディンプル(表面凹凸)が施されています(下図)。

ゴム製のコアは飛距離性能やフィーリングに影響し、樹脂製の中間層はコアとの組み合わせで飛距離性能やスピン性能に大きく影響を及ぼし、カバーは使用される素材によってスピン性能や飛距離性能に作用します。また、ディンプルは弾道の制御(安定化)に作用し、ディンプルのパターンや形状、深さなどの研究が進められ特許出願も数多く行われています。

3.特許の出願状況

ここではゴルフボールに関する日本国内での特許出願状況についてご紹介します。
ゴルフボールに関連する特許分類としては、以下の2つのFIがあります。

A63B37/00,100:中実ボールの分類におけるゴルフボール
A63B45/00@B:ボール製造装置/製造方法の分類におけるゴルフボール

ゴルフボールそのものに特徴がある発明に対して付与されるA63B37/00,100の中には、特徴部分に対応して以下の分類が下位に展開されています。

ディンプルに特徴:A63B37/00,110 ~ A63B37/00,144
コーティングに特徴:A63B37/00,210 ~ A63B37/00,216
カバーに特徴:A63B37/00,310 ~ A63B37/00,344
中間層に特徴:A63B37/00,410 ~ A63B37/00,432
コアに特徴:A63B37/00,510 ~ A63B37/00,552
全体としてのボールの特性に特徴:A63B37/00,610 ~ A63B37/00,670

上記分類の中からディンプルコアおよび中間層に特徴があることに対応するFIが付与された特許文献および実用新案の出願推移を下図に示します*3

ソリッドボールが本格的に使用され始めた頃(1980年以降)からコアやディンプルに特徴を有するゴルフボールの出願が増加しています。また、2ピースや3ピースなどのマルチレイヤー構造のボールが出現した1990年代には中間層に特徴を有するゴルフボールの出願が急増していることがわかります。
1990年代半ばに出願件数が大幅に増加しており、マルチレイヤー構造のボールの登場によって、プロゴルファーだけでなくアマチュアゴルファーへの高性能なボールの普及、ゴルフ人気の高まりによるゴルフボール市場の拡大などに伴い、各メーカーが競争力を高めるために新しい技術を特許として保護しようとする動きが活発化していたことが窺えます。

次に、ディンプルおよびカバー、中間層、コアの各層に特徴を有する特許出願毎の主な出願人についてまとめました。図の出願数は付与されているFIを基にカウントしており、例えば、1つの特許にディンプルとコアのどちらの特徴も有する(A63B37/00,110以下、およびA63B37/00,510以下が付与されている)場合は、それぞれの特許出願として重複してカウントしています。また名寄せ処理によって、ダンロップスポーツ株式会社は住友ゴム工業に、株式会社プロギアは横浜ゴムにしています。
コアとカバーに特徴を有する出願が2,000件超とディンプルに関する出願よりも多く、各メーカーで飛距離性能やスピン性能、あるいはフィーリングの向上に関する部分の研究開発が盛んに行われ、数多くの特許が出願されていると考えられます。

出願人に注目すると、国内特許出願においてはブリヂストン、住友ゴム工業(スリクソン、ゼクシオ)、アクシネット(タイトリスト)の3社で全体の約75%を占めています。3社以外もキャロウェイ、横浜ゴム(プロギア)、ナイキ、キャスコ、テーラーメイド、ミズノとほぼ同じメーカーからの出願が多く、各社ディンプルから内部構造までトータルで研究開発を進め、ボール特性の向上を図っていることがよく分かります。

同様にコーティングに特徴を有する特許出願に関して主な出願人をまとめたものが次の図です。上位2社は住友ゴム工業とブリヂストンであり、それ以外にもアクシネットや横浜ゴム、ナイキなどが登場する点では上の図と変わりませんが、ソフト99コーポレーション(以下、ソフト99)や亀谷産業株式会社(以下、亀谷産業)など表面コーティング剤や表面処理剤の製造技術、特殊印刷技術を有する企業からの出願が確認できます。これらの出願人について詳しく分析すると、ソフト99からの出願には住友ゴム工業との共同出願(2020年出願)が含まれていた一方で、亀谷産業からの出願にはブリヂストンとの共同出願(2000年頃出願)が含まれていることが分かり、各メーカーが様々なアプローチでゴルファーのニーズに応じるべく開発競争を行っていたことが窺えます。

また、コーティングに特徴を有する特許出願においては、その他の出願人の割合も31.9%と高く、ゴルフボールのコーティング技術はソフト99や亀谷産業のように独自の技術を有する企業など、比較的多くの企業が参入しやすい分野であると考えられます。

4.特許の紹介

上記のとおり、各メーカーで飛距離性能やスピン性能、あるいはフィーリングの向上を図り多くの特許出願が行われていることがお分かりいただけたと思います。ここでは、少し視点を変え、このようなボール性能の向上とは異なる課題に対する発明をご紹介します。

特許第6796410号(特許権者:ブリヂストンスポーツ株式会社)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バッテリと、前記バッテリからの電力で動作し、外部に無線信号を送信する第1送信部と、
を内蔵するゴルフボールと、
前記ゴルフボールから前記無線信号を受信する第1受信部を備える移動端末と、
を含む測位システムであって、
前記移動端末は、前記移動端末の位置を測定する第1測位部と、
前記第1測位部により測定された前記移動端末の位置が互いに異なる2以上の地点で、前記第1受信部が受信した前記無線信号の強度に基づき、前記ゴルフボールの位置を測定する第2測位部と、
前記第1受信部が受信する前記無線信号の強度に基づき、前記移動端末から前記ゴルフボールまでの距離を特定する距離特定部と、
前記ゴルフボールが移動する方向を特定する移動方向特定部と、を備え、
前記第2測位部は、前記2以上の地点に含まれる第1地点で前記第1測位部が測定した前記移動端末の位置を中心とし、
前記距離特定部が特定した前記第1地点における前記移動端末から前記ゴルフボールまでの距離を半径とする第1の円と、前記2以上の地点に含まれる前記第1地点と異なる第2地点で前記第1測位部が測定した前記移動端末の位置を中心とし、
前記距離特定部が特定した前記第2地点における前記移動端末から前記ゴルフボールまでの距離を半径とする第2の円との交点に基づき、前記ゴルフボールの位置を測定すると共に、
前記交点が複数ある場合、前記第1測位部が測定した前記第1地点及び前記第2地点における前記移動端末の位置を基準として、前記移動方向特定部が特定した方向寄りにある交点を前記ゴルフボールの位置であると推定する、測位システム。
 
~ 請求項2以降省略 ~

この発明は、比較的安価な構成でゴルフボールの位置を特定する課題に対して、バッテリとその電力で動作する第1送信部が内蔵されたゴルフボールによって、その課題を解決しようとしているものです。
詳細な説明は省きますが、第1送信部によって外部に送信された無線信号により、ゴルフボールの位置や動きをリアルタイムで追跡することが可能になることが開示されています。プレー中に紛失ボールを探す状況では誰もが一度は欲しいと思った機能ではないでしょうか。

次に紹介する特許は、Nikeから出願された「変化が可能なディンプルを有するゴルフボール」という名称の発明です。

特許第5421975号(特許権者:ナイキ  インターナショナル  リミテッド)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コアと、
該コアを実質的に包囲する中間層と、
外層であって、複数のディンプル、及び該ディンプルを隔てる少なくとも一つの平地領域を含み、該複数のディンプルが、それぞれ、ディンプルの底面によって定められる基底領域を含む外層と、
を備え、
該外層は、中間層を実質的に包囲し、そのため、該外層は、該複数のディンプルそれぞれの基底領域を除き、該中間層全体を実質的に被覆し、
該中間層は、第1形態から第2形態へと変化することが可能となるように構成され、且つ、
該第1形態は第1ディンプル深度に対応し、該第2形態は第2ディンプル深度に対応し、該第2ディンプル深度は、該第1ディンプル深度とは異なる、ことを特徴とするゴルフボール。
 
【請求項2】
前記第1形態が第1ディンプル容積に対応し、前記第2形態が第2ディンプル容積に対応し、且つ、該第2ディンプル容積が該第1ディンプル容積とは異なる、ことを特徴とする、請求項1に記載のゴルフボール。
 
【請求項3】
前記中間層が、膨張によって前記第1形態から前記第2形態へと変化し、これによって、該中間層の一部が、前記複数のディンプルへ侵入することを特徴とする、請求項1に記載のゴルフボール。
 
【請求項4】
前記中間層は、前記第1形態から前記第2形態への前記変化が可逆的となるように構成されることを特徴とする、請求項1に記載のゴルフボール。
 
~ 請求項5以降省略 ~

この発明は、ゴルフボールの空気力学的特性に影響を及ぼすディンプルの特徴(ディンプルパターン、形状、深度)を変化させ、ゴルフボールの弾道をカスタマイズできるものです。
これにより、アマチュアゴルファーはディンプルの特徴が異なる複数種類のゴルフボールを数セット購入する必要が無くなり、新しいゴルフボールの購入コストを最小にすることができるということです。ゴルフボールのカスタマイズの方法としては、加熱又は内部気圧の変化等が記載されており、具体的には電子レンジ又はオーブンでの加熱や内部へ気体を導入する方法が開示されています。
設計時に空力特性を最適化するために固定されているディンプルの特徴を可変にしようとする点は新しく面白い発明です。実際、審査過程においても新規性・進歩性を否定するような先行技術文献は見つかっていません。

5.さいごに

身近な製品と特許というテーマで、今回はゴルフボールを取り上げました。ゴルフを楽しむ人のニーズに応えるべく、各メーカーが様々なアプローチで研究開発を進め、数多くの特許出願を行っていることがお分かりいただけたと思います。ゴルフボールを購入する際、ゴルフをプレーする際に個々のディンプルをじっくり観察してみるのも面白いかもしれません。

さて、AIRIは特許庁登録調査機関として、特許審査に必要な先行技術調査を行っている企業です。スポーツ分野も含む広範な技術分野で年間20,000件以上の先行技術調査を受託しています。AIRIに所属する調査員は日々の調査業務において担当技術分野の技術トレンドに常に接しており、先行技術調査結果に基づいた特許性(新規性・進歩性)の判断や、日本特許庁以外の各国特許庁での審査経緯の分析も得意としております。各種特許調査をはじめ、特許に関するご相談はお気軽にAIRIにお問い合わせください。

執筆者プロフィール
古江 重紀
執行役員 社長室経営企画グループ
国立研究開発法人産業技術総合研究所にて化合物半導体をベースとした光デバイスの研究開発に従事。
2013年4月にAIRIに入社し、光デバイス、光を用いた計測や診断、医療機器等の幅広い技術分野の特許調査を担当。
2023年より現職。神戸大学大学院博士後期課程修了(理学博士)。

注意事項
◆株式会社AIRI(以下、当社)は本レポートを通じ有用な情報を利用者の方々にお届けするため万全を期していますが、情報の正確性、完全性、最新性などについて、いかなる保証もいたしません。また当社は本レポートを利用することにより生じたいかなる損害やトラブル等について一切の責任を負いません。本レポートは法的なアドバイスを提供することを意図しておりません。特許法等に関するご判断は弁理士等にご確認の上、行われるようお願いいたします。
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参考
*1:https://www.mamejiten.com/golf/dev/091.htm
*2:https://www.srij.or.jp/newsite/magazines/mame/mame_pdf/mame29.pdf
*3:出願情報の取得には特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を使用し、国内文献を対象にFIによる検索を行いました。取得した出願情報は2024年8月7日時点の情報であり、未公開公報が含まれる2023年の出願数は実際よりも少なくなっています。

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